☆.。.:*・゜(( ちゃりんこ ))☆.。.:*・゜

★日々の気ままな事を気ままに書きつけるメモ用紙です。。。

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★ 植え忘れた球根

ほん1

去年 3種類の球根を買って時期が来たら植えようと思い

濡縁の下の箱に大切にしまいこみそのまましっかり忘れてしまったほっぺ7汗3

今年 2月に入ってからその事を急に思いだし急いで箱をひっくり返してみた

何と! こんな暗い箱の中でラッパ水仙が何本も根を出し…



ラッパ水仙球根



チュウリップとクロッカスはいくつも芽を出しまるで箱が開くのを待っていたようだほっぺ5



チューリップ球根



特にクロッカスは自分の身丈以上に芽が延びている



クロッカス球根



あわてて空いているプランターにチューリップを植えて



チューリッププランター



隅の花壇にラッパ水仙とクロッカスを植え付けてみた



クロッカス・水仙の位置



それから1ケ月以上が経ち何とかチュウリップが緑の葉を伸ばしてきている



チューリップ1



 お母さんの後ろを二人の子供がピッタリくっついてお散歩…

 こちらはどこかで見た事の有るお姫様のような佇まいだ…ほっぺ6



チューリップ2



 又々こちらもどこかで見た事の有るような…ほっぺ8



チューリップ3



 これもひょっとしてザゼンソウにみえるかなぁ~ほっぺ3




チューリップ4



じゃ~~ん こちらはミニミニざぜん…ほっぺ7




チューリップ5



チュウリップは芽を出してきてくれてホッとしたけど…


水仙とクロッカスはいまだ芽が出てこない…涙2汗3


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★ 初日の出

ほん1

日の出の時刻 6:50

「今出れば間に合う!」

…と思った瞬間 パジャマの上からセーター・パンツ・コートを着込んでいたほっぺ3汗3

そして10分後には川の土手の上を自転車で飛ばしていた自転車2ホコリホコリ

この辺なら…と思うところで自転車を降りた

もうすでにちらほらだけど人の姿がある

中にはマニアックなカメラを三脚にセットして準備バンタンの人もいた

まだ太陽は出ていない…まに合ったほっぺ6OK


ここではないが 以前にも初日の出を見に行った事が有る

最初に地上に顔を覗かせてきた時がとっても明るくて綺麗で見逃したくない

皆が向いている方向を私もじっと見つめた

「来た~~~~~~~!」ハート



初日の出1



日の出



日の出5



日の出8



日の出7



明けましておめでとうございま~~~~~~す! 冬22

冬9…こんなのわが家にも来るといいな~~お待ちしちゃいま~~すほっぺ1



写真はさほど良く撮れなかったけど 私の目の奥に焼き付いているからまっいっかほっぺ8

帰りは自転車と言う事もあってせっかくだから遠回りして帰ることにした

途中 川からモヤが立ち込めているところが有って川縁に降りてみた

近くに行ってみるとそれほどでもなく 遠くで釣り人が一人川面を見つめていた

モヤっている処を撮りたかったので残念!ほっぺ7


再び土手を上がってきたところでこんなのを発見!



忘れ物3



火を焚いた跡が有る…

そして4人分のホコリだらけの長靴達も…



忘れ物4



去年の忘れ物?

こんな置き去りにされた物達も めいっぱい初日の出を浴びていたOK2







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★ 旧岩崎邸庭園

ほん1

もう2週間位前になるかなぁ~~女の子5

かねがね行ってみたいと思っていた『 旧岩崎邸庭園 』に行って来た

東京都台東区にある都立文化財9庭園のうちの一つで…

   江戸時代   ⇒  越後高田藩榊原家の中屋敷
   明治時代初期 ⇒ 旧舞鶴藩主牧野弼成邸
   明治11年   ⇒  三菱財閥初代岩崎弥太郎が牧野家から邸地を購入

以後岩崎家兄弟の2家により歴史が繰り広げられていくが その後 太平洋戦争と言う

大きな時代の分岐点を経て今に至っているようだ女の子8


もともとの敷地は現存しているものに比べるともっと遥かに広大なもので

大正12年の関東大震災の際には屋敷地が避難場所として地元住民に開放されたようだ

又 ここも明治期に活躍したイギリス人の建築家「ジョサイア・コンドル」が手がけたものだという女の子3

そんな歴史的価値ある岩崎邸で いつものごとく私の気の赴くままにバチバチんっ2を撮ってきた女の子7


まずは門をはいる前のゲート(?)



岩崎庭園1



後ろの石垣や木々が個人の邸宅と言うには桁はずれの様子を教えてくれる

まぁ~!個人と言っても普通の個人とは また々桁はずれの違いが有るけれど…女の子1



そして いよいよ岩崎邸門へ…



岩崎庭園2



そして 門をはいるとすぐにこんな説明板が…



岩崎庭園3



そして 前方には邸宅に通じる道が遠くまで続く…



岩崎庭園4



これはハイキングコースの道…ではなく あくまでも個人敷地内の母屋に通づる単なる通路なのだ女の子6汗3

そう思うとため息が出た…女の子4


そして 最初に目に飛び込んでくるはずの洋館の少し手前で…

かなり重みのある塀(?)が私の目を引いた女の子2



岩崎庭園5



これ “ 塀 ”…でいいのかなぁ~~女の子5はてな2

そして入館料を払って前方を向くとかの有名な洋館が眼前に女の子6



岩崎庭園6



岩崎庭園7



どっしりとした佇まいの中に建物をおおう色のせいか心の和む優しさを感じた

中に入る時 係りの人から白いビニール袋を渡されて靴は自分で持ち歩くように言われた

残念ながら洋館も和館もカメラ使用禁止になっているので中の様子は撮れなかったけれど

大変重厚な中にも近代的なロマンを感じさせてくれる夢のある屋敷内だった

和館の横の濡れ縁から外に出てきてびっくりした女の子2

巨大な敷石がん



岩崎庭園8



一つ3m位有るだろうか…

この敷石一つで当時の岩崎家のとてつもない力を思い知らされる

感動しながら2枚ほど外からの和館の様子をカメラに収めた



岩崎庭園9



岩崎庭園10



そしてこの和館の横には靴を持って入ってきたときの洋館が続いている



岩崎庭園14



ギリシャの『パルテノン神殿?』…と言ってみたくなった女の子4

庭側からとった洋館は又チョッと雰囲気が違って少し生活のにおいが漂う



岩崎庭園16



これは多分サンルーム?…だったと思う女の子8



岩崎庭園17



どんな衣装を着てこのサンルームに立ったのだろうか…

時代をタイムスリップさせてこの窓際に立たせてほしい…と思った女の子5

この洋館の少し奥まった処に「撞球室」(ビリヤード)の建物が有る



岩崎庭園15



岩崎庭園



横からも写してみた



岩崎庭園26



スイスの山小屋風に作られたそうだ

中央の階段の両脇に供えられているベンチは…



岩崎庭園19



西洋の馬車をイメージしたようにも…



岩崎庭園18



日本の御所車をイメージしたようにも…

私には思える女の子7

中には入れないので外から内部の様子をカメラに収めた



岩崎庭園21



今はビリヤードの台は置かれていない女の子4

そして天井も手がかけられていてとても素敵だ!



岩崎庭園20



ちなみに下の↓部分は丸い木を切ってその断面をみせて壁にしているそうだ女の子6



岩崎庭園33



木のぬくもりがが伝わってくる女の子5

ついでに玄関を飾っている洋館の上部もアップしちゃおう!



岩崎庭園34



やはり細部に渡って手の込んだ技法が感じられて素晴らしいと思った女の子5

左から 和館・洋館・撞球室 を一枚に納めてみた



岩崎庭園12



ござの巻かれている木が何本かあってチョッと興味をひかれたので2枚ほどんっ2



岩崎庭園23



岩崎庭園25



後で聞いた話だけれど こんな風にして冬場ござを巻いておくと暖を求めて虫が集まってくるらしい

そして春になってこのござを取り除けば虫も一緒に取り除くことになり虫駆除になるそうだ女の子3

そんな事も知らないの?…という顔をされたけれど勉強になった汗3



帰りがけ遠くの方に忘れ去られたような煉瓦の塀が目に付いた

崩れかけている処を応急手当てでセメントの様なものが塗られている



岩崎庭園27



こんな処に特に私は昔の栄華を感じる

入ってきた時には気がつかなかったけれど

通路の横で2段階になっている石垣を目で追いつつ門を出た



岩崎庭園28



久しぶりに歩いた御徒町駅へ通ずる交差点…



岩崎庭園31



この時はまだ少し街路樹に紅葉が残っていた女の子8

そして そこを通り過ぎると左手に上野のアメ横に通じる御徒町のアメ横が延びている



岩崎庭園32



上を山手線が走っていて老朽化に伴う修理が必要になっているところだけれど…

ここで商売をしてきた人たちの権利も相まって立ちのきが難しく…

昔から滞っている案件の有るところだ汗3


何はともあれ出入り口の前にいくつもの帽子を積んで店開きをしている商店に

何となく微笑ましさと懐かしさを感じながら御徒町を後にした女の子3



岩崎庭園30



又来るね!ハート
















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★ 早朝散歩

ほん1

何時頃だったかなぁ~?

朝に弱い私としては かなり早く起きての散歩だった

足元を見ると草全体にまだ々霜がかかっていて寒いほっぺ8




草2



でも“早起きは三文の徳”…で いつもはちらほらとしか見ない白鷺が

群れで川面に立っていため


白鷺の群れ



本当は白い白鷺をアップしたかったけど慌ててカメラを向けたので

ピンボケになってしまったほっぺ7汗3から色を反転させてしまった

逆に左の方にいる少し小さめの茶色の鴨が白く写っているけど…

さしずめ「醜いあひるの子」…役?


近づいて行ったらいつもの事だけど一斉に飛び立っていってしまったほっぺ7汗3



ko.jpg



その音に反応して二羽で仲良く泳いでいた鴨も重そうな体を飛び立たせていた



飛び立つ鴨



そして 何と!高い木の上にいる小鳥たちまでが一斉に飛び立っていってしまったほっぺ7汗3



飛び立つ小鳥



この小鳥たちよりももっと高い所に さっき飛び立っていった白鷺が大きく羽を広げていた




白鷺



1~2時間歩くともう朝の霜はすっかり溶けて 帰りにはモグラの穴をいくつも見つけため



モグラ



そして そのそばで小鳥も尻尾をばたつかせながら太陽の光を浴びていた



小鳥



良く見ると飛びはねる様に歩く小鳥のそばにモグラの穴が…



小鳥とモグラ?



帰ってきてこの写真を眺めていてふと思った目2


「モグラが顔を出しているみたい…?」

…と思うのは 私だけ???ほっぺ3汗3













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★ 六義園

ほん1

六義園に行って来た電車


五代将軍徳川綱吉の側用人・柳沢吉保の下屋敷として造営された大名庭園だそうだ

和歌の趣味を基調とする『 回遊式筑山泉水 』で 歩きながら変わりゆく景色を楽しめる

繊細で温和な日本庭園…と紹介されている

明治に入って三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の別邸となり その後東京都に寄付され

国の特別名勝に指定された貴重な文化財だほっぺ6



   ・1702年(元禄15年) ⇒ 柳沢吉保六義園造営
   ・     (明治初年 ) ⇒ 三菱創業者岩崎弥太郎別邸
   ・1938年(昭和13年) ⇒ 東京都に寄付
   ・1953年(昭和28年) ⇒ 国の特別名勝


江戸の度重なる火災 や 関東大震災 どくろ そして 東京大空襲 どくろ2 の被害に

あう事も無く造園時の面影をほぼ残したまま今日にいたっているようだ

もちろん 都立文化財9庭園のうちの一つだ

この貴重な文化財を私の好みで好き勝手にカシャカシャとシャッターを切ってきた


まず “六義園入口”



roku1.jpg



そして中に入るとすぐに 又 門が



六義園2



“ 内庭大門 ”と言うそうだ

この門 中側から見るとこんな風になっている



六義園4



そしてこの門をくぐるとすぐ目の前にこんな景色が広がっていた



六義園20



この後いくつかの門(?)や何かの入口(?)



roku3.jpg



六義損



…の様な処を通り過ぎながら庭園内をカメラに収めたんっ2



建物自体は「○○茶屋」とか「○○亭」とか名づけられたものをいくつか目にしたけれど



六義園11



殆ど池の廻りの景色や紅葉を撮って来た



roku8.jpg



この写真↑の中央の部分をアップにした物がこれ



roku9.jpg



そして紅葉!



六義園7



roku 25



貼り絵の様な紅葉も…

六義園18






roku10.jpg



そして 池の周りの風景!



roku16.jpg



roku15.jpg



roku17.jpg



roku18.jpg



roku12.jpg



roku 19



そして池にはカモや鯉も泳いでいた



六義園15



そして良く見る石燈籠とはチョッと趣が違うように思えたのでんっ2




六義園17



結構大きくてそびえたっている感じがした

この紐でくくられた円錐状の物を「雪落とし」と言うそうだ



roku 14



呼んで字のごとし…説明の必要もないけど“雪落とし”と言う言葉ははじめて聞いた

そしてそして 又々 大きな一枚岩を切りとおして2枚たがいちがいに並べた橋が…



roku 22


旧古河庭園を思い出した

池の淵を廻るコースと池の廻りをおお廻りするコースとがあった

私は池の淵を廻る小回りの方を歩いたから見ていない部分も結構あると思うけど

わたし的には満足して帰ってきた


ちなみに六義園を7年かけて造営した柳沢吉保は 川越城の8代目城主でもあった

川越城(埼玉県川越市)は江戸城の北の守りの要として重要な地点にあり

代々江戸幕府の要職に有った人物が城主についている

六義園とは関係ないが川越城の写真もアップしてしまおう



川越城



これは 川越城の玄関部分でこの建物の後ろ側にもう一つ家老詰所が残っている

明治維新以降どんどん取り壊しにあって 現在はこれしか残っていないが

もともとは 建坪1025坪の平城で敷地は10万坪弱あった

城主御殿として使われていた二の丸が火事で焼けてしまったため

165年前に 松平大和守斉典 により建てられた本丸御殿だ

現存している本丸御殿は四国の高知城とこの川越城のみだそうだ

埼玉県指定の文化財になっている

又 「日本百名城」の内の一つでもある

ついでにもう2枚写真をアップしちゃおう!

玄関を入ってすぐの廊下で 昔は身分の高い御方しか歩けなかったそうだ



川越城2



そして 家老詰所に行くと3人の家老さんが訪れた人達を迎えてくれる



川越城3



もちろん お人形さんですよ~~!ほっぺ3



なぁ~~んだか長くなってしまったけど ここでフィニッシュ!!ほっぺ1





























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